今朝は慌てました

いつもの日曜日のように、少しゆっくり朝食を食べテレビでガッチリマンデーを見終わりました。さて椎茸を採りに外に出たら、ばあちゃんが、あれもう終わったのか?と聞いた。ん?何が?と聞いたら。今日はゆざらいやぞ。さっきいっぱい集まってござった。
しまった。時計を見るとまだ8時3分。慌ててスコップを探し、走って向かいました。すでに始まっていました。すみませんすみません。と謝りなんとか間に合いました。
一昨日町内会長の哲ちゃんに出欠を取ってくれと頼まれたばかりなのに。
昨日は叔母さんの所で法事がありよばれすぎたから、ちょっと二日酔い気味で走ったんで、まだ息が上がっています。
  

Posted by しいたけおじさん at ◆2008年11月09日09:19

北小学校公開授業

昨日は北小学校の学校評議員として、先生方の研究授業を見せてもらった。詳しくは水門君のブログにあるので、ワシのお気に入りから見て下さい。
先生方も大変だろう事はよくわかった。少し声の上擦った先生もみえた。お偉方が見ているんだから当然でしょう。
午後の5時間目なんで、子供がアクビするする。ワシも5時間目は眠かった。写真はこれもお気に入りにある、添乗員のヨッシイの娘さん。入ったらいきなり発言の場面だったんで慌てて撮りました。
  

Posted by しいたけおじさん at ◆2008年11月08日09:56

椎茸贈答用化粧箱

今朝ある方から、椎茸を結婚披露宴の引き出物に使いたいとの注文がありました。
ええ!しっかりした化粧箱を作っていないので、一瞬躊躇しましたが、即決でやります。と返事した。
以前から使い物にしたいので箱に入れて。との注文があったが、以前買っていた、飛騨やまっこの化粧箱箱を使っていました。しかしこれを機会に自前の箱を作ります。
年末の使い物にご利用下さい。値段も1000円から。見栄えは良いですよ。1000円ではたいしたお菓子も買えませんから。
出来上がったらまた公開します。
  

Posted by しいたけおじさん at ◆2008年11月07日09:51

飛騨の農業も今年は悲惨

昨夜は指導農業士会の会合があった。会議の後今年の現状について各自報告した。
農業とひとくくりしても千差万別で、果実では天候に恵まれたが豊作貧乏で価格が低迷。トマトも同じ、ほうれん草も同じ、畜産は飼料価格が今が最高価格で赤字。
こうやって聞いてみると椎茸はまだ良い方だと思った。
特に飛騨のトマトは存続の危機らしい。ほとんど儲けが残らない。ほうれん草も昨年比20%ダウン。今年新規にトマトを始めた若者が9月には止めて勤めに出たという。
農業は飛騨の中では外からお金を取ってくる産業の中で優秀な部類だった。雇用も生み出している。しかしこれだけ全体的に低迷すると飛騨の経済にかなり影響してくるだろう。  

Posted by しいたけおじさん at ◆2008年11月07日07:31

小春日和も明日から

昨日今日といい天気が続き、小春日和になりました。午後から少し風が出てきましたが、明日は立冬、まだ紅葉も落ち葉になっていないので感じませんが、明日から寒くなりますぜ。
まだ霜が降りていないんで、国分寺の銀杏の葉も落ちていないでしょうが、毎年この時期には気にかかります。大雪を占ううえで。
  

Posted by しいたけおじさん at ◆2008年11月06日12:49

優勝と書いたが

第1戦でした。それも知らんかった。
興味ありませんので
  

Posted by しいたけおじさん at ◆2008年11月05日20:52

AFCチャンピオンにガンバ大阪

レッドさんがブログで書いていたが、興味は全くありませんでした。テレビのチャンネル変えていたら偶然やっていました。残り3分で3対0なんでガンバ優勝でしょう。
全く興味はありませんが…
  

Posted by しいたけおじさん at ◆2008年11月05日20:47

教科書が教えない戦後賠償

日本は戦後賠償をまだしていない?

先生が、日本は戦後補償をきちんと行なっていないように言っていましたが、新聞ではもう賠償は済んでいると書いてありました。本当はどうなのですか。


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こういう質問、絶対あるはずだと思っていました。教科書を見ても、とても賠償が終わったようには書いてありませんからね。まさに“教科書が教えない戦後賠償”についてお答えしましょう。

昭和20(1945)年、敗戦国となった日本は7年間の占領期間を経た後の昭和26年に、サンフランシスコ条約を結んで連合55国ヶ国中48ヶ国と講和をしました。この条約とそれに続く個別の国との協定で、戦争で日本が与えた損害に対して賠償を行なうことを約束し、ここから戦後処理が始まったのです。

例えばフィリピンには賠償約1980億円、借款約900億円、インドネシアには賠償約803億円、借款約1440億円を支払っています。この他、別表にあるように、賠償、補償の総額は約3565億5千万円、借款約2687億8千万円で併せて6253億円にのぼります。これ以外にも事実上の賠償として、当時日本が海外に保有していた財産はすべて没収されました。

それは日本政府が海外にもっていた預金のほか鉄道、工場、建築物、はては国民個人の預金、住宅までを含み、当時の計算で約1兆1千億円に達しています。

現在の経済大国、日本ではなく、戦後のまだ貧しい時代に、時には国家予算の3割近くの賠償金を約束し、きちんと実行してきていたのです。ちなみに昭和30年のスチュワーデスの初任給は7000円でした。

さて最近、韓国から個々人に補償を要求する動きが新聞やテレビで報じられていますが、これについても一言ふれておきましょう。

昭和40(1965)年、日本と韓国は日韓基本条約を結び、日本は無償で3億ドル(約1080億円)、有償で2億ドル(約720億円)、民間借款で3億ドルを支払いました。そこで、日本が韓国内に持っていた財産を放棄することも含めて「両国民の間の請求権に関する問題が 完全かつ最終的に解決された」としたのです。民間借款を除いた5億ドルだけでも、当時の韓国の国家予算の1.45倍にあたる膨大な金額です。韓国はこのお金の一部を「軍人・軍属・労務者として召集・徴集された」者で死亡したものの遺族への補償に使いましたが、大部分を道路やダム・工場の建設など国づくりに投資し「漢江の奇跡」と呼ばれる経済成長を遂げました。韓国は日本から得たお金を個人補償として人々に分配することよりも、全国民が豊かになることを選び、それが成功したのです。そして韓国のとったこの行動は韓国自身が決めたことですから、出した日本がその使い道にあれこれ言うことはできません。

ですから現在、日本政府に個人補償を訴える韓国人はこうした事実を知らなければなりませんし、私たち日本人も貧しかった中で、一生懸命働いて賠償要求に応じてきたという事実を知っておかなければなりません。こういうたった30年ほど前の努力を知らない若い世代ほど、“日本は金持ちになったのだから出し渋らず払えばイイ”などと無責任な発言をするのです。一方、30~40年前に膨大な償いを課せられた60歳以上の人々は、これに反対するのは当然のことなのです。

http://www.jiyuu-shikan.org/faq/A01.html

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最近、私の通っている文書館に私の友人のジャーナリストがやってきてました。どうやらこれも、また私の友人の文書館職員と待ち合わせがあったようです。2人の友人が来たのですから、こちらも仕事を中断して、自動販売機でココアを買って彼らの話し合いに同席することにしました。
 話の内容は、ドイツ人がかつて(ナチス時代)ドイツ領であった地域に所有していた資産の個人賠償の問題です。ドイツは原則として個人賠償という原則を採用していることは、よく知られていることですが、このことは裏返せば、ドイツ人にも個人賠償の原則が適用できるということです。つまり、かつてドイツが侵略した地域ならびにドイツが失った領土に存在していたドイツ人の資産に対しても個人賠償が適用されるということです。

 実際、ドイツの賠償政策で日本であまり語られないことなのですが、最も重要なのは、このドイツ人への個人賠償という問題なのです(ここで数字が挙げられないのが残念ですが、実はドイツの戦後賠償の大部分はこのドイツ人に対する個人賠償に費やされているのです)。ポーランド側がドイツ側から個人賠償を受け取るということは、平和条約で賠償問題が解決されていない結果、逆もまたなりたたなければなりません。つまりドイツ人が現在のポーランド領で喪失した資産は、その喪失した個人に対してなされなければなりません。

 この喪った領土に第2次大戦敗戦まで居住していたドイツ人たちの一部は、戦後、故郷を追われて居住することになった西ドイツで、「被追放者同盟」Verband der Vertriebenenという圧力団体を組織し、西ドイツに対してポーランドやロシアなどと東ドイツとの新国境を認めないように、長い間圧力をかけてきました。例えば、統一ドイツとポーランドとの間の国境確定条約(たしか90年)が締結されるまで、ドイツの国営テレビARDやZDFの天気予報では、長い間、すでにポーランド領になっていたシロンスク(シュレジェン)地方や東ポモージェ(後ポンメルン)地方などの天気予報をずっと行っていました。これは、西ドイツがポーランドによる「ドイツ東部地方」の併合を認めないという姿勢を明らかにするためにずっと行われてきたのであり、その背後にはこの「被追放者同盟」があったわけです。

 こういった西ドイツでの領土回復運動を行いつつ、彼らはまた、ドイツ政府に対して賠償を求めてきました。もちろん個人賠償です。その結果、西ドイツ政府は、彼らに対して、喪失した領土に彼が所有していた資産に応じて賠償を支払うことになりました。つまり、ポーランドが強制的に敵産(敵性資産)として接収したドイツ人の資産の賠償を、ドイツ政府が肩代わりしたということです。

 また、同様の問題はユダヤ人に対しても存在します。つまり、戦前・戦中に現在ポーランド領となっている地域に資産を所有していたユダヤ人は、個人賠償という原則に応じて、ポーランド政府に対して、その資産の返却を請求できるのです。そして、この個人賠償という原則は、ドイツが戦後分断されたという特殊な事情によって適用されているにもかかわらず、現在、おもにアメリカに居住しているユダヤ人たちは、ポーランド政府に対して、かつてポーランドで所有していて(その後ナチスによって接収され)、さらにそのあとポーランドから移住した際に(半)強制的に放棄されられた資産の返却を求めており、その一部は現に返却され始めています。

 さて、私の友人のジャーナリストが文書館にやってきたのは、西ドイツに居住しているあるドイツ人がポーランドで起こした裁判に関する資料を集めるためでした。つまり現在ポーランドに属している地域で所有していた資産を返却するようポーランド政府に対してポーランドで裁判を起こしたドイツ人について問い合わせにきたのです。このドイツ人は、ナチスによるポーランド侵略の際に、ドイツ系であることをナチス政府に申告し、ドイツ系として特別な取り扱いを求めることを要求し(具体的にはドイツ系住民のリストである民族リストVolkslisteに掲載されるように求め)、その結果、ナチスによるポーランド侵略の期間中、ドイツ人として特権を享受していました。その後、ドイツの敗戦と共に(ここでは日本人の満州からの引き上げの時と同様の悲劇があったことを忘れてはならない)、西ドイツへと移住し、その後すでに述べたように西ドイツ政府から賠償を受け取っていました。その後、ドイツ統一、それからポーランドとの国境確定条約を受けて、今度はポーランド政府に対して戦前・戦中の資産の返却を求めてきたのです。

 このとき、我々は、西ドイツ政府からいったん賠償を受けておきながら、さらにポーランド政府に対して賠償を請求するのは二重取りではないかとこのドイツ人の態度を非難し、それで話は終わったのですが、個人賠償ということがドイツの「原則」となっているために、他の例においては、実際、ユダヤ人に対してのみならず、実際にドイツ人への資産の返却が現に行われ始めています。

 ところで、日本の「民主的な」方々は、ドイツの個人賠償を礼賛しています。私も慰安婦や強制連行された労働者に対する賠償は行うべきだと考えています。しかし、ドイツは個人賠償を原則としているから、それを見習うべきだということを主張するのは、実は日本政府のみならず、韓国政府にとっても実は不利なことなのです。つまり、戦前「京城」(ソウル)や釜山に資産を所有していた日本人が、「韓国政府が、個人賠償を原則とすると主張するのであれば、俺たちにも韓国政府が個人賠償してくれ」と主張できることにもなってしまうのです。そしてドイツ=ポーランド関係を模倣するのがすばらしいというのであれば、このことを日本の民族主義者の側も主張できるのです。つまり、かつてソウルで資産を持っていた日本人(日本企業)を見つけてきて、彼にソウルで裁判を起こさせることもできるのです。そうすれば、韓国の裁判所は、日韓基本条約で永久に日韓両国民の請求権は解決されるという文言について、自分の立場を明らかにしなければならないことになります(慰安婦の問題についていらいらしている方はぜひやってみてください。永久に個人請求はできないという判例を下してくれるはずです)。

 このことについては、いうまでもないことですが、韓国政府は十分に認識しています。もし個人賠償を原則とするのであれば、強制労働で働かされていた韓国人労働者の労働債権と、日本人が戦前ソウルなどの諸都市で所有していた商店や住宅、あるいは日本の旧財閥などが所有していた工場・農地その他の全資産の総額とを比較すれば、どちらが多いかは一目瞭然です。したがって、韓国政府が従軍慰安婦や戦前の日本の軍属・労働者に対して自分たちで負担しようと考え始めているのも当然なのです。そして、日本の知能の低い「民主的な」方々が個人賠償を原則としろと主張していますが、そのことは、結果的に誰を利するかは一目瞭然です(もしかしたらドイツのようにそこまで考えてやっているのかもしれんが……)。つまり日韓関係の原則として個人賠償をドイツのように採用することは、強者を利することになってしまう可能性を内部に孕んでいるのです。

http://member.nifty.ne.jp/~demsoc/forum/Poland6.html



別表
賠償金は一兆三百億円超
Q:日本がとってきた戦後補償の中身を教えてください。

(単位は億円) 賠 償 準賠償 各種請求権
ビルマ(ミャンマー) 720.000 612.000  
スイス     12.0000
平和条約16条     45.0000
タ イ   96.000 54.0000
デンマーク     7.2300
オランダ     36.0000
フィリピン 1980.000    
スペイン     19.8000
フランス     16.7280
スウェーデン     5.0500
インドネシア 803.088 636.876  
ラオス   10.000  
カンボジア   15.000  
南ベトナム 140.400    
イタリア     8.3305
英 国     5.0000
カナダ     0.0630
インド     0.0900
韓 国   1080.000  
ギリシャ     0.5823
オーストリア     0.0601
マレーシア   29.400  
シンガポール   29.400  
ミクロネシア   18.000  
北ベトナム   85.000  
ベトナム   50.000  
アルゼンチン     0.8316
モンゴル   50.000  
補償総額 6565億9295万円    
在外資産の喪失 3794億9900万円    
中間賠償 1億6516万円    
合 計 1兆362億5711万円
(国立国会図書館外交防衛課作成の資料)
(借款は除外)

A:敗戦国となった日本は、六年間の米国を始めとする連合国の占領期間を経た後、一九五一年(昭和二十六年)に、サンフランシスコ平和条約を結びました。連合国五十五か国中、四十八か国と講和を結び、多くの条約当事国は賠償請求権を放棄しました。この条約とそれとは別に個別の国々と結んだ協定(二国間協定)で、戦争で日本が与えた損害に対して賠償を行なう約束をし、戦後補償問題は決着しました。
 日本が同条約に基づいて、戦後外国に支払った金と物は膨大なものであり、当時の金額で一兆三百億円以上にのぼります。中身は、①賠償および無償経済協力(準賠償)、②賠償とは法的性格を異にするが戦後処理的性格を有する贈与・借款、③軍需工場など日本国内の資本設備を、かつて日本が支配した国に移転、譲渡する「中間賠償」、④戦前、日本政府や企業、個人が海外に持っていた在外資産の諸外国への引き渡し、の四つから成ります。


  

Posted by しいたけおじさん at ◆2008年11月05日19:40

剣道の起源は韓国にあり!?

剣道の起源は韓国にあり!?


日本人ならはあ??と思うようなことを平気でねつ造する韓国人、恥ずかしくないのかな?
ワシも中学生の時は剣道部、韓国が起源とはつい最近まで聞いたことも有りませんでした。
最初は何を言ってると笑い事でしたが、最近は海外にまで宣伝しているので、今に竹島のように盗られてしまいますよ。


台湾や香港の剣道団体をはじめ、韓国以外の世界中(No30)の人達が剣道をKendoといい、かつ、表記して剣道が日本起源であることに敬意を払ってくれています。なぜ韓国の人達だけが剣道をKumdoなどと発音し表記するのでしょうか?なぜ韓国では国際剣道連盟(IKF)の試合規則(*)を無視して、試合開始の際に蹲踞をせず、また剣道用語を韓国語に置き換えて使うのでしょうか?百歩譲って、韓国内だけの国内ルールなり、呼称があってもそれは良いでしょう、ちょうど、日本でBaseballを野球と呼ぶようなものでしょうから。しかし、海外にまで出て行って、或いは、英語サイトを立ち上げてまでして、IKF規則に反する韓国内ルールを実施するのは納得できません。米国ではKendo家とKumdo家が混じって試合をするそうですが、韓国語の試合用語を使う場合があると聞きました。また、ここ(1、2、3)を見て下さい。3つ文章がありますね。一番目のは、米国のKumdo道場サイトが掲げている、Kumdo修練の目的の英文です。残り2つは全剣連が昭和五十年に発表した「剣道は剣の理法の修錬による人間形成の道である」とする「剣道の理念」の英文と和文です。米国のKumdo道場サイトのものは、「剣道の理念」の変形版であることが一目瞭然です。剣道の名称と剣道用語を韓国語に言い換え、「剣の心」に勝手に手を加え、千年以上も昔の新羅時代の【花郎】(1、2(No31-33))に由来?する【剣舞】("雙劍對舞" by "申潤福")と、【朝鮮勢法】(日本語訳、1、2、武備志1621年に記載、李朝剣法?)や【本国剣法】(日本語訳、1、2、3、4、5、武芸図譜通志1790年に記載、新羅剣法?)といった簡単な絵図と説明の記録が数冊の書物にその痕跡を留めるに過ぎないだけの剣法とを根拠に、日本剣道形を改変し、それでもって朝鮮独自の剣法だか「剣道」になるとでも思っているのでしょうか?日本が発展させた「剣道」の練習用具を単に借用しているだけであって、自分たちは新羅以来の伝統の「剣道」をしているんだなどとよくも言えたものです。そういった類の妄言は断じて容認できるものではありません。こういうのをパクリというのであって、こんなのは日本において連綿と受け継がれてきた剣術・剣道の歴史と、それを育んだ日本文化に対する侮辱以外の何ものでもないと思います。  

Posted by しいたけおじさん at ◆2008年11月05日18:48

小沢一郎が田母神論文で政府追求

田母神空将の論文は前に掲載したので読んでいただきたい。
戦後の自虐的史観で凝り固まった左巻きの連中には受け入れたくない内容だろうが、まったくその通りな内容だ。
民主党の小沢一郎はこれをネタに政府批判をしているが、彼が自民党幹事長だった頃は同じような事を言っていたはずだ。旧社会党の連中と交わるうちに染まったか、只の選挙戦略か。政治家たるもの自分の信念心情を党略に曲げないでもらいたいものだ。
  

Posted by しいたけおじさん at ◆2008年11月04日12:32

モーモー祭り

今日は裏の家畜市場で、ヒダ牛乳のモーモー祭りがあります。子供連れで大賑わいです。
いまバンド演奏やってます。夕方までやってるんで見に来て下さい。
  

Posted by しいたけおじさん at ◆2008年11月03日13:30

椎茸バター醤油炒め

毎日くらいに椎茸を食べていますが、これが一番簡単でうまい!
お酒は夕べ買ったウイスキー。
  

Posted by しいたけおじさん at ◆2008年11月02日17:30

田母神俊雄空幕長論文 ②

時間は遡るが、清国は1900 年の義和団事件の事後処理を迫られ
1901 年に我が国を含む11 カ国との間で義和団最終議定書を締結した
その結果として我が国は清国に駐兵権を獲得し当初2 600 名の兵を置
いた「廬溝橋事件の研究(秦郁彦、東京大学出版会) 」。また1915 年に
は袁世凱政府との4 ヶ月にわたる交渉の末、中国の言い分も入れて、
いわゆる対華21 箇条の要求について合意した。これを日本の中国侵
略の始まりとか言う人がいるが、この要求が、列強の植民地支配が一
般的な当時の国際常識に照らして、それほどおかしなものとは思わな
い。中国も一度は完全に承諾し批准した。しかし4 年後の1919 年、
パリ講和会議に列席を許された中国が、アメリカの後押しで対華21
箇条の要求に対する不満を述べることになる。それでもイギリスやフ
ランスなどは日本の言い分を支持してくれたのである「日本史から見
た日本人・昭和編( 渡部昇一、祥伝社)」。また我が国は蒋介石国民党
との間でも合意を得ずして軍を進めたことはない。常に中国側の承認
の下に軍を進めている。1901 年から置かれることになった北京の日本
軍は、36 年後の廬溝橋事件の時でさえ5600 名にしかなっていない「廬
溝橋事件の研究(秦郁彦、東京大学出版会) 」。このとき北京周辺には数
十万の国民党軍が展開しており、形の上でも侵略にはほど遠い。幣原
喜重郎外務大臣に象徴される対中融和外交こそが我が国の基本方針で
あり、それは今も昔も変わらない。
さて日本が中国大陸や朝鮮半島を侵略したために、遂に日米戦争に
突入し3 百万人もの犠牲者を出して敗戦を迎えることになった、日本
は取り返しの付かない過ちを犯したという人がいる。しかしこれも今
では、日本を戦争に引きずり込むために、アメリカによって慎重に仕
掛けられた罠であったことが判明している。実はアメリカもコミンテ
ルンに動かされていた。ヴェノナファイルというアメリカの公式文書
がある。米国国家安全保障局( N S A )のホームページに載っている。
膨大な文書であるが、月刊正論平成18 年5 月号に青山学院大学の福
井助教授(当時)が内容をかいつまんで紹介してくれている。ヴェノナ
ファイルとは、コミンテルンとアメリカにいたエージェントとの交信
記録をまとめたものである。アメリカは1940 年から1948 年までの8
年間これをモニターしていた。当時ソ連は1 回限りの暗号書を使用し
ていたためアメリカはこれを解読できなかった。そこでアメリカは、
日米戦争の最中である1943 年から解読作業を開始した。そしてなん
と37 年もかかって、レーガン政権が出来る直前の1980 年に至って解
読作業を終えたというから驚きである。しかし当時は冷戦の真っ只中
であったためにアメリカはこれを機密文書とした。その後冷戦が終了
し1995 年に機密が解除され一般に公開されることになった。これに
よれば1933 年に生まれたアメリカのフランクリン・ルーズベルト政
権の中には3 百人のコミンテルンのスパイがいたという。その中で昇
りつめたのは財務省ナンバー2 の財務次官ハリー・ホワイトであった。
ハリー・ホワイトは日本に対する最後通牒ハル・ノートを書いた張本
人であると言われている。彼はルーズベルト大統領の親友であるモー
ゲンソー財務長官を通じてルーズベルト大統領を動かし、我が国を日
米戦争に追い込んでいく。当時ルーズベルトは共産主義の恐ろしさを
認識していなかった。彼はハリー・ホワイトらを通じてコミンテルン
の工作を受け、戦闘機100 機からなるフライイングタイガースを派遣
するなど、日本と戦う蒋介石を、陰で強力に支援していた。真珠湾攻
撃に先立つ1 ヶ月半も前から中国大陸においてアメリカは日本に対し、
隠密に航空攻撃を開始していたのである。
ルーズベルトは戦争をしないという公約で大統領になったため、日
米戦争を開始するにはどうしても見かけ上日本に第1 撃を引かせる必
要があった。日本はルーズベルトの仕掛けた罠にはまり真珠湾攻撃を
決行することになる。さて日米戦争は避けることが出来たのだろうか。
日本がアメリカの要求するハル・ノートを受け入れれば一時的にせよ
日米戦争を避けることは出来たかもしれない。しかし一時的に戦争を
避けることが出来たとしても、当時の弱肉強食の国際情勢を考えれば、
アメリカから第2, 第3 の要求が出てきたであろうことは容易に想像
がつく。結果として現在に生きる私たちは白人国家の植民地である日
本で生活していた可能性が大である。文明の利器である自動車や洗濯
機やパソコンなどは放っておけばいつかは誰かが造る。しかし人類の
歴史の中で支配、被支配の関係は戦争によってのみ解決されてきた。
強者が自ら譲歩することなどあり得ない。戦わない者は支配されるこ
とに甘んじなければならない。
さて大東亜戦争の後、多くのアジア、アフリカ諸国が白人国家の支
配から解放されることになった。人種平等の世界が到来し国家間の問
題も話し合いによって解決されるようになった。それは日露戦争、そ
して大東亜戦争を戦った日本の力によるものである。もし日本があの
時大東亜戦争を戦わなければ、現在のような人種平等の世界が来るの
があと百年、2 百年遅れていたかもしれない。そういう意味で私たち
は日本の国のために戦った先人、そして国のために尊い命を捧げた英
霊に対し感謝しなければならない。そのお陰で今日私たちは平和で豊
かな生活を営むことが出来るのだ。
一方で大東亜戦争を「あの愚劣な戦争」などという人がいる。戦争
などしなくても今日の平和で豊かな社会が実現できたと思っているの
であろう。当時の我が国の指導者はみんな馬鹿だったと言わんばかり
である。やらなくてもいい戦争をやって多くの日本国民の命を奪った。
亡くなった人はみんな犬死にだったと言っているようなものである。
しかし人類の歴史を振り返ればことはそう簡単ではないことが解る。
現在においてさえ一度決定された国際関係を覆すことは極めて困難で
ある。日米安保条約に基づきアメリカは日本の首都圏にも立派な基地
を保有している。これを日本が返してくれと言ってもそう簡単には返
ってこない。ロシアとの関係でも北方四島は6 0 年以上不法に占拠さ
れたままである。竹島も韓国の実行支配が続いている。
東京裁判はあの戦争の責任を全て日本に押し付けようとしたもの
である。そしてそのマインドコントロールは戦後63 年を経てもなお
日本人を惑わせている。日本の軍は強くなると必ず暴走し他国を侵略
する、だから自衛隊は出来るだけ動きにくいようにしておこうという
ものである。自衛隊は領域の警備も出来ない、集団的自衛権も行使出
来ない、武器の使用も極めて制約が多い、また攻撃的兵器の保有も禁
止されている。諸外国の軍と比べれば自衛隊は雁字搦めで身動きでき
ないようになっている。このマインドコントロールから解放されない
限り我が国を自らの力で守る体制がいつになっても完成しない。アメ
リカに守ってもらうしかない。アメリカに守ってもらえば日本のアメ
リカ化が加速する。日本の経済も、金融も、商慣行も、雇用も、司法
もアメリカのシステムに近づいていく。改革のオンパレードで我が国
の伝統文化が壊されていく。日本ではいま文化大革命が進行中なので
はないか。日本国民は2 0 年前と今とではどちらが心安らかに暮らし
ているのだろうか。日本は良い国に向かっているのだろうか。私は日
米同盟を否定しているわけではない。アジア地域の安定のためには良
好な日米関係が必須である。但し日米関係は必要なときに助け合う良
好な親子関係のようなものであることが望ましい。子供がいつまでも
親に頼りきっているような関係は改善の必要があると思っている。
自分の国を自分で守る体制を整えることは、我が国に対する侵略を
未然に抑止するとともに外交交渉の後ろ盾になる。諸外国では、ごく
普通に理解されているこのことが我が国においては国民に理解が行き
届かない。今なお大東亜戦争で我が国の侵略がアジア諸国に耐えがた
い苦しみを与えたと思っている人が多い。しかし私たちは多くのアジ
ア諸国が大東亜戦争を肯定的に評価していることを認識しておく必要
がある。タイで、ビルマで、インドで、シンガポールで、インドネシアで、
大東亜戦争を戦った日本の評価は高いのだ。そして日本軍に直
接接していた人たちの多くは日本軍に高い評価を与え、日本軍を直接
見ていない人たちが日本軍の残虐行為を吹聴している場合が多いこと
も知っておかなければならない。日本軍の軍紀が他国に比較して如何
に厳正であったか多くの外国人の証言もある。我が国が侵略国家だっ
たなどというのは正に濡れ衣である。
日本というのは古い歴史と優れた伝統を持つ素晴らしい国なのだ。
私たちは日本人として我が国の歴史について誇りを持たなければなら
ない。人は特別な思想を注入されない限りは自分の生まれた故郷や自
分の生まれた国を自然に愛するものである。日本の場合は歴史的事実
を丹念に見ていくだけでこの国が実施してきたことが素晴らしいこと
であることがわかる。嘘やねつ造は全く必要がない。個別事象に目を
向ければ悪行と言われるものもあるだろう。それは現在の先進国の中
でも暴行や殺人が起こるのと同じことである。私たちは輝かしい日本
の歴史を取り戻さなければならない。歴史を抹殺された国家は衰退の
一途を辿るのみである。  

Posted by しいたけおじさん at ◆2008年11月02日13:52

田母神俊雄空幕長論文 ①

せと弘幸blog
日本は侵略国家であったのか ①


                                田母神俊雄

アメリカ合衆国軍隊は日米安全保障条約により日本国内に駐留している。これをアメリカによる日本侵略とは言わない。二国間で合意された条約に基づいているからである。我が国は戦前中国大陸や朝鮮半島を侵略したと言われるが、実は日本軍のこれらの国に対する駐留も条約に基づいたものであることは意外に知られていない。

日本は19世紀の後半以降、朝鮮半島や中国大陸に軍を進めることになるが相手国の了承を得ないで一方的に軍を進めたことはない。現在の中国政府から「日本の侵略」を執拗に追求されるが、我が国は日清戦争、日露戦争などによって国際法上合法的に中国大陸に権益を得て、これを守るために条約等に基づいて軍を配置したのである。

 これに対し、圧力をかけて約を無理矢理締結させたのだから条約そのものが無効だという人もいるが、昔も今も多少の圧力を伴わない条約など存在したことがない。

 この日本軍に対し蒋介石国民党は頻繁にテロ行為を繰り返す。邦人に対する大規模な暴行、惨殺事件も繰り返し発生する。これは現在日本に存在する米軍の横田基地や横須賀基地などに自衛隊が攻撃を仕掛け、米国軍人及びその家族などを暴行、惨殺するようものであり、とても許容できるものではない。

 これに対し日本政府は辛抱強く和平を追求するが、その都度蒋介石に裏切られるのである。実は蒋介石はコミンテルンに動かされていた。1936 年の第2 次国共合作によりコミンテルンの手先である毛沢東共産党のゲリラが国民党内に多数入り込んでいた。

 コミンテルンの目的は日本軍と国民党を戦わせ、両者を疲弊させ、最終的に毛沢東共産党に中国大陸を支配させることであった。我が国は国民党の度重なる挑発に遂に我慢しきれなくなって1937 年8 月15 日、日本の近衛文麿内閣は「支那軍の暴戻ぼうれいを膺懲ようちょうし以って南京政府の反省を促す為、今や断乎たる措置をとる」と言う声明を発表した。我が国は蒋介石により日中戦争に引きずり込まれた被害者なのである。

 1928 年の張作霖列車爆破事件も関東軍の仕業であると長い間言われてきたが、近年ではソ連情報機関の資料が発掘され、少なくとも日本軍がやったとは断定できなくなった。「マオ( 誰も知らなかった毛沢東)( ユン・チアン、講談社)」、「黄文雄の大東亜戦争肯定論( 黄文雄、ワック出版)」及び「日本よ、「歴史力」を磨け( 櫻井よしこ編、文藝春秋)」などによると、最近ではコミンテルンの仕業という説が極めて力になってきている。

 日中戦争の開始直前の1937 年7 月7 日の廬溝橋事件についても、これまで日本の中国侵略の証みたいに言われてきた。しかし今では、東京裁判の最中に中国共産党の劉少奇が西側の記者との記者会見で「廬溝橋の仕掛け人は中国共産党で、現地指揮官はこの俺だった」と証言していたことがわかっている「大東亜解放戦争( 岩間弘、岩間書店)」。

 もし日本が侵略国家であったというのならば、当時の列強といわれる国で侵略国家でなかった国はどこかと問いたい。よその国がやったから日本もやっていいということにはならないが、日本だけが侵略国家だといわれる筋合いもない。

 我が国は満州も朝鮮半島も台湾も日本本土と同じように開発しようとした。当時列強といわれる国の中で植民地の内地化を図ろうとした国は日本のみである。我が国は他国との比較で言えば極めて穏健な植民地統治をしたのである。満州帝國は、成立当初の1932 年1 月には3 千万人の人口であったが、毎年100 万人以上も人口が増え続け、1945 年の終戦時には5 千万人に増加していたのである。

 満州の人口は何故爆発的に増えたのか。それは満州が豊かで治安が良かったからである。侵略といわれるような行為が行われるところに人が集まるわけがない。農業以外にほとんど産業がなかった満州の荒野は、わずか15年の間に日本政府によって活力ある工業国家に生まれ変わった。

 朝鮮半島も日本統治下の35 年間で1 千3 百万人の人口が2 千5 百万人と約2 倍に増えている「朝鮮総督府統計年鑑」。日本統治下の朝鮮も豊かで治安が良かった証拠である。戦後の日本においては、満州や朝鮮半島の平和な暮らしが、日本軍によって破壊されたかのように言われている。しかし実際には日本政府と日本軍の努力によって、現地の人々はそれまでの圧政から解放され、また生活水準も格段に向上したのである。

 我が国は満州や朝鮮半島や台湾に学校を多く造り現地人の教育に力を入れた。道路、発電所、水道など生活のインフラも数多く残している。また1924 年には朝鮮に京城帝国大学、1928 年には台湾に台北帝国大学を設立した。日本政府は明治維新以降9 つの帝国大学を設立したが、京城帝国大学は6 番目、台北帝国大学は7 番目に造られた。

 その後8 番目が1931 年の大阪帝国大学、9 番目が1939 年の名古屋帝国大学という順である。なんと日本政府は大阪や名古屋よりも先に朝鮮や台湾に帝国大学を造っているのだ。また日本政府は朝鮮人も中国人も陸軍士官学校への入校を認めた。戦後マニラの軍事裁判で死刑になった朝鮮出身の洪思翊ホンサイクという陸軍中将がいる。この人は陸軍士官学校2 6 期生で、硫黄島で勇名をはせた栗林忠道中将と同期生である。

 朝鮮名のままで帝国陸軍の中将に栄進した人である。またその1 期後輩には金キン錫源ソグォン大佐がいる。日中戦争の時、中国で大隊長であった。日本兵約1 千名を率いて何百年も虐められ続けた元宗主国の中国軍を蹴散らした。その軍功著しいことにより天皇陛下の金賜勲章を頂いている。

 もちろん創氏改名などしていない。中国では蒋介石も日本の陸軍士官学校を卒業し新潟の高田の連隊で隊付き教育を受けている。1 期後輩で蒋介石の参謀で何応欽カオウキンもいる。李王朝の最後の殿下である李垠イウン殿下も陸軍士官学校の2 9 期の卒業生である。李垠イウン殿下は日本に対する人質のような形で1 0 歳の時に日本に来られることになった。しかし日本政府は殿下を王族として丁重に遇し、殿下は学習院で学んだあと陸軍士官学校をご卒業になった。

 陸軍では陸軍中将に栄進されご活躍された。この李垠イウン殿下のお妃となられたのが日本の梨本宮方子まさこ妃殿下である。この方は昭和天皇のお妃候補であった高貴なお方である。もし日本政府が李王朝を潰すつもりならこのような高貴な方を李垠イウン殿下のもとに嫁がせることはなかったであろう。因みに宮内省はお二人のために1930 年に新居を建設した。

 現在の赤坂プリンスホテル別館である。また清朝最後の皇帝また満州帝国皇帝であった溥儀フギ殿下の弟君である溥フ傑ケツ殿下のもとに嫁がれたのは、日本の華族嵯峨家の嵯峨浩妃殿下である。

 これを当時の列強といわれる国々との比較で考えてみると日本の満州や朝鮮や台湾に対する思い入れは、列強の植民地統治とは全く違っていることに気がつくであろう。イギリスがインドを占領したがインド人のために教育を与えることはなかった。インド人をイギリスの士官学校に入れることもなかった。もちろんイギリスの王室からインドに嫁がせることなど考えられない。これはオランダ、フランス、アメリカなどの国々でも同じことである。

 一方日本は第2 次大戦前から5族協和を唱え、大和、朝鮮、漢、満州、蒙古の各民族が入り交じって仲良く暮らすことを夢に描いていた。人種差別が当然と考えられていた当時にあって画期的なことである。第1 次大戦後のパリ講和会議において、日本が人種差別撤廃を条約に書き込むことを主張した際、イギリスやアメリカから一笑に付されたのである。現在の世界を見れば当時日本が主張していたとおりの世界になっている。

 続く


  

Posted by しいたけおじさん at ◆2008年11月02日13:15

焼き鳥

めったに無い家族での外食。
6時半まではビール半額だったんで5杯も飲みました。
そこに突然、かんでも屋さんが声を掛けてくれました。彼も奥さんと二人、奥さんは我が冬頭の出身。美女をさらわれました。
それはさておき、5杯も飲むとと腹一杯。残りはお持ち帰り、帰りに向かいの100円ショップで別に要らない物とバランタインウイスキーを買って、帰って二次会。ウイスキーを三分の一も飲みました。
  

Posted by しいたけおじさん at ◆2008年11月01日20:24

母校美術部

ひのう祭も天気に恵まれ無事終わりました。椎茸も午前中で全部売り切れ。
美術部の作品が外に展示してありました。全員が油絵。ワシの学生時分は高価な油絵の具は買えませんでした。文化祭に向け水彩画を何枚も描いた思い出があります。
レッドさんどこかわかるかな?グランド横の苗圃を降りていくとこだよ。懐かしいだろう。
  

Posted by しいたけおじさん at ◆2008年11月01日15:56

ひのう祭展示

我が家の展示ですが、高校生が見たかどうか。
  

Posted by しいたけおじさん at ◆2008年11月01日13:32

ひのう祭に出品

今日は旧農林高校のひのう祭です。
OBとしてブース出品しています。椎茸もいい品物で高いですが、卸価格より安い200円で販売しています。
最後には豪華景品付きモチマキがありますんで見に行って下さい。食べ物で一杯です。
準備がせわしく写真を撮り忘れました。
  

Posted by しいたけおじさん at ◆2008年11月01日09:44

人口問題を解決するには核が最も有効で手っ取り早い

これは先の記事に登場する中国軍の将軍朱成虎将軍の言葉です。
以下に参照記事
中国軍暴走の恐怖

将軍の発言をもう少し書いて見ます。(博訊網より)

「人間はすべて利己的だ、だから奉仕や愛はすべておとぎ噺で、三歳児
を騙す話にすぎない。私が核大戦争を鼓吹するのは、国家民族の
生存発展に有利だからである。だから核大戦争の準備をしなければ
ならない」
「今世紀中には人口過剰の問題が爆発する、人口問題を解決するには、
核が最も有効にして手っ取り早い方法だ」
「我々はすべての幻想を捨て、あらゆる力を集中して核兵器を増やし、
10年以内に地球人口の半分以上を消滅できるようにしなければ
ならない」
「多くの同士は、最も憎らしい日米への核攻撃を考えているが、
その前に最も敵対する国はインドと日本である」

この将軍の発言で中国人の恐ろしさ、残酷さ、を認識してください。
日本の親中派や平和主義者の考えがいかに幼稚で、能力がないか
分かっていただけたと思います。

将軍の発言を単なる個人の発言である、中国政府とは違うという
観点で親中派や平和主義者は言いそうですが、しかし一党独裁の
中国では要人が対外的に政府の立場と異なる発言はできません、
人民解放軍の間違いのないホンネです。

中国共産党の本質は国家という隠れ蓑をまとっていますが、実際は
何千年と続いている皇帝システムのままなのです。つまり共産党は
皇帝であり、何千年と続いてきた皇帝の後継者なのです。

中国人にとって有史以来、人命というものは尊重に値するものでは
なかった、文化大革命をみても分かりますが、同胞の生命など
何人死のうが平気なのです。まして外人の生命など虫けら同然です

中国の歴史は大量餓死、大量虐殺の繰り返しなのです。だから将軍
は「人口問題を解決するには核が最も有効で手っ取り早い」と
当たり前のように平気に発言できるのです。

多くの日本人やアメリカ人も中国は資本主義解放経済への道を進み
やがて近代化すると思っています。しかし中国の近代化はやがて
頓挫します。その兆候が今回の米金融問題をきっかけにすでに
現れてきています。

中国は秦の始皇帝以来の皇帝システムの支配に戻りつつあります。
いま繁栄している企業に、人民軍や政府の要人たちの親類縁者が
入り込んで富を食い荒らしています。

合弁企業をたくさん作らせ、儲かったら富を吸い尽くします。
この仕組みは中国支配者の得意とするものです。

2006年に共和党の一議員が「中華帝国の誇大妄想的野望を抑えら
れるのはアメリカだけだ」と言っています。いまやアメリカ
ペンタゴン(国防総省)内部の主流の見解になっています。

しかし中国資金でまみれた親中派のオバマが大統領になれば、
アメリカの考えがどの様に変貌していくのか全く分かりません。

日本は嵐の中で漂う小さなボートです。早くアメリカの大船に乗り
移らないと中国の大波にさらわれてしまいます。
いつまでもアメリカの足手まといにならず、憲法を改正して一人前
の頼りになる同盟国に早くならなくてはいけません。

日本の政治家は嵐に中を漂う小船に乗っていることすら認知して
いません。

昨日国会で民主党議員が麻生首相にラーメンの値段を知っているか
どうかを確かめる質問をいていました。
議員のあまりの稚拙ぶりに日本の将来が不安になってきました。

「敵は中国なり」「米中激突は近い」昨日書いた文章です。
もう一度 噛みしめてください。
  

Posted by しいたけおじさん at ◆2008年10月31日18:52

備蓄米11万トン政府買い上げ

今年は米の作柄が良く、余剰米分の11万トンを政府が買い上げるという。それに批判も出るとニュースは言っているが、11万トンって?日本人一人当たりやっと1キロ足らずですよ。7合足らず。4人家族なら1日分か?
それだけ備蓄が増える事に批判するか?
  

Posted by しいたけおじさん at ◆2008年10月31日07:55